大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)223号 判決

本店所在地

栃木県栃木市平柳町一丁目三番二二号

有限会社

加藤虎之助商店

右代表者代表取締役

加藤静男

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四五年一〇月二三日宇都宮地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告会社から違法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検事平田 明出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

原判決中被告会社に関する部分を破棄する。

被告会社を罰金八、〇〇〇、〇〇〇円に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人稲葉誠一作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事古谷菊次作成名義の答弁書記載のとおりであるから、それぞれこれを引用し、これに対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

所論は、原判決の被告会社に対する刑の量定は苛酷にすぎて不当であるから、原判決中被告会社に関する部分を破棄して、改めて被告会社に対し寛大な判決を賜わりたいというのである。

よつて、所論にかんがみ、原審訴訟記録および原審において取り調べた証拠に現われている事実を精査し、かつ、当審における事実取調の結果において考察するに、被告会社は、栃木県栃木市平柳町一丁目三番二二号に本店を置き、繊維製品の割賦販売を目的とする有限会社であるところ、その代表取締役である加藤静男において、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、昭和四一年二月一日から昭和四二年一月三一日までの事業年度と同年二月一日から昭和四三年一月三一日までの事業年度の両事業年度にわたり、それぞれ所得金額が七一、四八五、〇一四円、七五、四三三、一六七円で、これに対する法人税額が二四、六五〇、〇〇〇円、二六、〇三一、六〇〇円であるのにかかわらず、二重帳簿を作成して公表の売上げの増加を前年度の二割増し程度に押え、その余の売上げを公表義理から除外したうえ、これを定期預金や貸付信託などに属して簿外の資金となし、一部は加藤静男個人の株式購入資金にあてるなどの不正な行為により、合計一三四、七六二、九八三円にものぼる多額の所得を秘匿したうえ、それぞれ所得金額が五、五七一、二四三円、六、五八三、九五五円で、これに対する法人税額が一、六〇六、九九〇円、一、九五六、六五〇円である旨最少申告を行ない、もつて、右両事業年度について合計四七、一一七、九〇〇円もの法人税額を逸脱したのであり、殊に、実際所得額と申告所得との割合が昭和四二年一月期において約七・八パーセント、昭和四三年一月期においても約八・七パーセントにすぎず、両年度とも実際所得の一割にも満たない著しく過少な申告しかしていないものであることなどに徴すれば、原判決の被告会社に対する科刑が重すぎて不当であるとは一概にいい難い。

しかしながら、本件犯行の動機は、当初月賦販売による貸倒れが税務署に認めてもらえなかつたので、これに相当する金額を売上げの中から簿外にする手段を講ずるようになり、更に、銀行の信用を得るために裏預金が必要であつたことや、被告会社の事業全般を統括している前記加藤静男が身体が弱いのでその万一の場合に備えなければならないという焦りなどから発したものであり、既に、本税の外多額の加重加算税等をも完納しているばかりでなく、本件発覚以来、捜査の全過程を通じ、原審公判に至るまで、被告会社においては素直にその非を認めて調査に協力し、証拠の隠減を画策したり、殊更な申立を行なつて責任の回避を図るなどの節は見当らず、ひたすら恐縮悔悟の情を披歴しており、この点は殊にこの種の事業の複雑性にかんがみ、情状として十分斟酌すべきものと考えられる。それゆえ、これちの事情を考え合わせれば、原判決の被告会社に対する科刑は若干軽減する余地があると認められるから、論旨は結局理由があることに帰する。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条に則り原判決中被告会社に対する部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書により当裁判所において更に判決をすることとする。

すなわち、原判決が適法に認定した事実に対して法律を適用すると、被告会社の原判示各所為は法人税法第一五九条第一項、第一六四条第一項に各該当するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項、法人税法第一五九条第二項を適用して加重した罰金額の範囲内で、被告会社を罰金八、〇〇〇、〇〇〇円に処することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 鈴木重光 判事 石崎四郎 判事 四ツ谷巌)

昭和四六年(う)第二二三号

法人税法違反 有限会社 加藤虎之助商店

控訴趣意書

弁護人 稲葉誠一

法人税法違反 有限会社 加藤虎之助商店

右被告事件に対し宇都宮地方裁判所藤本判事が言渡した判決罰金一、〇〇〇万円に対し控訴申立て(会社のみ控訴)たので茲にその趣意を開陳する。

第一、第一審判決は刑の量定重きに失するので刑事訴訟法第三八一条第三九七条に則り破葉の上減刑相成りたい原判決は起訴状通りの次の事実を認定した即ち

一、昭和四一年二月一日から同四二年一月三一日迄の事業年度に於いて

所得金額が七一、四八五、〇一四円でこれに対する法人税額が二四、六五〇、〇〇〇円であるのにかかわらず、公表経理上売上の一部を除外して簿外預金を蓄積するなどの不正な行為により所得を秘匿したうえ昭和四二年三月三一日栃木市本町所在栃木税務署に於いて同税務署長に対し

所得金額が五、五七一、二四三円でこれに対する法人税額は一、六〇六、九九〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により右事業年度の

法人税額二三、〇四三、〇〇〇円を免れ

二、昭和四二年二月一日から同四三年一月三一日迄の事業年度において

所得金額が七五、四三三、一六七円でこれに対する法人税額が二、六〇三、六〇〇円であるのにかかわらず公表経理上売上の一部を除外して簿外預金を蓄積するなどの不正な行為により所得を秘匿したうえ昭和四三年三月二五日前記栃木税務署に於いて同税務署長に対し

所得金額が六、五八三、九五五円これに対する法人税額は一、九五六、六五〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により右事業年度の

法人税額二四、〇七四、九〇〇円を免れたものである。而して之に対し加藤被告個人に対し懲役十月執行猶予三年の刑を言渡した外被告会社に対し罰金一、〇〇〇万円を科したものである。

加藤被告個人は之に服罪したが、被告会社は量刑不当として控訴したのである。

左にその理由を列記する

(一) その動機に於いて酌量すべきものがある

検察官はその冒頭陳述書三、(一)の犯則の動機について

月賦販売による貸倒れを税務署に於いて認めてくれなかったことからその分に相当する利益を裏にするようになり、その後銀行に信用を得るためあるいは個人会社なので体の弱い静男に万一のことがあった時に備えて社員や弟のために財産を留保する決心をして裏資金をつくった

と述べている

この点被告人は昭和四五年三月六日付井口検事に対する供述調書第二項で更に詳細に

私は昭和二四、五年頃衣類の行商をやっていましたが二七、八年頃よりその卸しをやるようになり更に三二、三年頃から不況の為、手形の支払いが六ケ月か八ケ月というふうに延びるようになったので再び小売りをやった方がいいと考え昭和三三年切羽つまった気持で一台の車で月賦販売というやり方で衣類の販売をやりましたところが昭和三七、八年頃から急速に業務が伸びる一方月賦の貸倒も年間一千万円は出て来ました。

又季節外れの品物も棚卸しを正しくやれば相当額の資産になって利益が沢山出ることになる訳ですが実際上季節外れの品物はそのように見積ることは出来ない訳です。

昭和三六年にもこういう貸し倒れなどを認めて貰えず税務署から更正を受けました。そういうことから最初は脱税ということは意識しないで貸し倒れが認められないので、更正を受けるのなら、その分に相当する金額を裏にかくしてやろうというような気持になり売り上げの一部を公表にのせないでおとすようになったのです。

その後銀行に信用を得るため裏預金が必要だということを考え又、私の体が弱いので若しものがあったら弟がやってゆけるだけの資産を残しておいてやりたい、又従業員の社宅を作るのにも裏の資産が必要であるというような理由から売り上げを落すことを続けていた訳です

と述べている。

之によって分るように被告会社としては特に悪質な目的のために之を行ったのではなく貸し倒れが認められなかったことが発端をなしている。

この点税理士がしっかりしていれば税務署との交渉で充分認められた筈であるが、この点に欠陥があった様である。

又銀行の裏預金の関係は銀行が非常な預金穫得競争をやっており、銀行の機嫌を損じては営業がなりたたなくなるおそれがあるため、どうしても銀行の誘いを断る訳にゆかず匿名預金をする様になったのである。

かかる預金制度を認めていること自体、脱税の黙認みたいなもので政策上おかしいことはあるが、それは兎も角として、銀行から見離されては立って行けない事情にある

又加藤静男が腎臓が悪く今でも病院に通っていることは診断書や病状の明細書によって明らかであるし、父は老令のため結局弟に頼らざるを得ず、同人がやって行ける丈のものを残してやりたいという気持、更に従業員の社宅を作るために一、三〇〇万円の土地を買はなければならない等の事情が重った

勿論之等の原因があったからといって脱税をしてよいと云う訳ではないがその量刑の上には大いに斟酌さるべきと思科する

(二) 改悛の情顕者である

かかる税法違反事件は否認し証拠を不用意にしたら何年かかるか分らない程公判が荒れ或は長期に互るものであるが、被告人は当初より一貫して犯則事実を認め改悛の情をはつきり表している

一件記録中国税査察官の質問調書に清水に書類焼却を命じた旨の記載があるが之は調査前集金カードがたまって莫大な量になるので元帳が残っていれば分るので、そのカードを焼却させたもので他意はない。

(三) 脱税額のみならず重加算税延滞料全部納付済である。

元来脱税は今日の日本に頗る多く公務員は別として事業収入者は多かれ少なかれ脱税をしていると云はれている。

税法は税の捕捉によって充分その目的を達するのであって、敢えてその他に刑罰を科する程の必要はないこの点は一般刑法犯と異なるところである。

而して実際に行為をした者は個人であり個人に対し懲役刑を科しているのであるから更に会社に罰金刑を科す程の、どうしても科さなければならない程の必要性もなかろう。

況んや本件に於いては被告人が第五回公判で述べる如く本税、重加算税、延滞税で五、七〇〇万円から五、八〇〇万をその後完納しているし昭和四四年度分も完納している。

この脱税に於いて免れた税を支払った外一千万以上のものを支払っている。

之は当然と云えば当然の報いかも知れないがこれで補填されて、税の目的は達せられていると云える。

之以上刑罰としての罰金一千万円の巨額を科するのは如何にも酷である。

相当額の減額を以て然る可きと思料する。

(四) 本件起訴により右以上の大きな営業上の損失を受けている

査察に始まり告発、起訴、裁判という過程の中で被告会社は回復すべからざる損失を蒙むった。

第五回公判調書で被告人が述べているように宇都宮、鹿沼、佐野、小山の責任者であった宮下は四四年十二月十日に退め、桐生、太田方面の責任者早川、土浦を中心とした茨城方面の責任者山藤が矢張り退めてしまった単に退める丈でなく早川は年収一、八〇〇万円山藤は年収三、〇〇〇万円あったものを夫々得意先を握って退社したため、この分の取引が殆んどなくなってしまった。

又未収金は帳簿が押収され手許にないため整理がつかず約二〇〇〇万から三、〇〇〇万位の未収金があると思はれる。

之等は期間の経過で事実上集金不可能になってしまったものが多い。

又取引金融機関は警察に呼ばれて取調べられたため被告会社に対する融資が極めて困難になって来ている。

この点は被告会社としても相手が金融機関であるため、彼是云う訳にも行かず、本件がこんなに各方面に大きな影響を与へるとは被告会社も思いも及ばなかったである。

被告人は病身であって慢性腎臓のため駈け出すことも出来ず毎日通院しているが病状ははかばかしくない。

(五) 原在の状態

被告人加藤は第六回公判で昭和四二年の年間収益一、〇〇〇万円、四三年一、四〇〇万円、四四年二、五〇〇万円と述べている。

然しこの四四年二、五〇〇万円は、その後税理士の不手際から一、六〇〇万円の経費をおとしていることが判明し、それを引いた九〇〇万円となっている。

四二年、四三年、四四年は貸し倒れを落すと赤字になるのでそのまま売掛金として計上してある。

之は赤字になると銀行関係が警戒するのでそのまま実際より過大に利益あるものの様に計上しているのであって、実際は公判延で述べているように収益があるのではない。

又四五年度も一五〇〇万円位の収益を計上しているが之も貸倒れを出していないのであって、之を出すと赤字になる位である。

以上の諸点を列記したが何れよりするも既に被告人は刑罰を受けたのでありその他に被告会社も税額を補填し、重加算税、延滞税も支払い完納しているのである。

深く前非を悔いていることでもあるから会社の再興のためにも一、〇〇〇万円の罰金は大巾に減額して頂きたい。

昭和四六年三月十五日

右弁護人

弁護士 稲葉誠一

東京高等裁判所

第四刑事部 御中

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